傾聴ボランティアを始めた頃、こんなことが多くありました。
「オウム返し、しなくて良いです」
少し強い口調で、そう指摘されたことがあります。
自分としては、いわゆる「オウム返し」をしているつもりはありませんでした。
傾聴の講義で学んだ「伝え返し」や「感情の反射」を意識していたつもりだったのですが、実際のやり取りでは、結果として機械的な言葉の繰り返しのように受け取られてしまったのだと思います。
その時は、
「どうしよう?」
「どうしたらいいんだろう?」
と頭の中が混乱してしまい、相手の話を十分に聴くことができなくなっていました。
さらに、その後のやり取りでは、
「~ですよね。あなたもそう思いますよね」
と、相手から強く同意を求められるように感じる質問をされました。
混乱していた私は、普段のように対応することができず、委縮してしまい、「はい」と答えることしかできなかったように思います。
今振り返ると、その時の自分は、相手の話を十分に理解できないまま、伝え返しや感情の反射を行おうとしていたのかもしれません。
その結果、相手の意図とは少しずれた伝え返しになっていた可能性もありますし、私の対応によって、相手にも不快な思いをさせてしまったのかもしれません。
もちろん、実際に相手がどのように感じていたのかは、私には分かりません。
ただ、その時のやり取りは、私にとってかなりショックな出来事でした。
思い出すたびに、泣きたくなるような衝動に駆られることもありました。
一時期は、傾聴ボランティアそのものが怖くなってしまったことも覚えています。
あの頃から、少し変わったこと
最近、ふと気づいたことがあります。
以前は、
「オウム返し、しなくて良いです」
と言われることがありましたが、最近は、そう言われることが少なくなってきたように思います。
仮にそう言われることがあったとしても、その後のやり取りでは、以前よりも落ち着いて伝え返しや感情の反射を行えるようになってきたように感じます。
もちろん、これがすべて「上達したから」と言えるのかは分かりません。
単純に、経験を重ねる中で少し慣れてきたということなのかもしれません。
それでも、自分の中では一つの変化だと感じています。
最近は、相手が話された内容の中で、その方にとって大切なのではないかと思われる言葉を覚えておき、会話の中で同じような表現や内容が出てきたときに、その言葉を加えて伝え返すようにしています。
ただ、直前に話された言葉をそのまま繰り返すのではなく、
「この方は、今どんなことを話そうとしているのだろう」
「この言葉には、どんな思いが込められているのだろう」
と考えながら聴く。
もちろん、私が相手の気持ちを正確に理解できているとは限りません。
だからこそ、自分の理解が合っているかどうかを確かめながら、その方が話してくださった言葉を手がかりにして、伝え返してみる。
最近は、そんな聴き方を意識するようになりました。
それが、以前の私がしていた「オウム返し」とは少し違うのかもしれない、と感じています。